谷山「Wellcome to VOW!」
矢野「皆さんこんばんは、VOWへようこそ! 実況・解説“いたりやーの”矢野了平と」
谷山「谷山“スター”紀章がお送りするVoice of Wrestling!!」
矢野「間もなくメインイベントのIC王座戦が行われますね。
   挑戦者に榎本温子が決定するまでは大変な波乱含みでした」
谷山「チワも3度目の防衛戦だが、ここが一つの山場になるだろうな」

【榎本一派ロッカールーム】

仁王立ちで胸を張る榎本の前にはチームメイトの落合祐里香の姿。
そして同じく山本麻里安。その背後には牛軍団の白石涼子と小林ゆうも見える。

榎本「やっと、ここまで来たか……」

これまでの長い道程を深々と思い返す榎本。その顔に緊張は見られない。

・・・・・

榎本温子の歴史はアイムと共にあった。
時は97年、アーツビジョンから独立するように立ち上げられたアイムジム。
派手な飛び技やスープレックスで盛り上げるアイドルレスラーの全盛期であり、
榎本はその期待を一身に背負う形でアイムのエースとして君臨し続けた。
声スポを始めとする各専門誌を飾り、ジムの名を広めることに尽力した榎本。
彼女の中に澱のようなものが淀み始めたのは何時の頃だっただろうか。

(このままアイムの客寄せのままで私は終わってしまうの?)

同キャリアの選手たちは次々とシビアなスタイルへとシフトしていった。
中には総合格闘技に転身することで新たな戦いを求める者もいた。
それでも榎本はアイムを守り続けた。やがて次代を担う若手たちが育ち始めた。
前座の一員に落ち着いていた自分に気がついたのは何時の頃だっただろうか。

(この先ここで安穏と生きていくことが私のレスラー人生の全てなの?)

172 名前:名無しの住人[sage] 投稿日:2007/07/08(日) 01:48:11 ID:pPwD6l5I0
気がつくと榎本はリング上でマイクを握っていた。
前座試合を暖める中堅選手にスポットライトが当たるのは久しぶりのことだった。

榎本「私は戦いがしたくてプロレスの世界に入ってきた。
   このままではいられない。榎本温子は自分の未来のために外に出る」

どよめく客席。アイムの榎本を見続けてきた一人のファンが叫んだ。

「榎本、アイムはおまえなんだぞ!」

その声に対して反射的に喉の奥から搾り出すように叫びが漏れた。
それは榎本の魂の戦慄。それはやがて榎本の代名詞となる旋律。

榎本「私は……私はアイムじゃねえ!」

そして榎本の第二章が始まった。

・・・・・

山本「充実した顔してるね、あっちゃん」

ロッカールーム。過去を反芻していた榎本に山本が声をかけた。
同じくアイムで若き日を過ごした仲間だが、今も榎本の傍らには彼女がいてくれる。
何よりも仲間の存在が榎本にとっては心強かった。

榎本「今でもアイムジムなのに力を貸してくれる麻里安のおかげだよ。
   それと志を同じくアーツから飛び出したゆりしーも、ね」

いつも落合にだけは手厳しい榎本から、意外にも優しい言葉が飛び出した。

落合「えぇ〜!? い、いったい何事でありますか〜!」
榎本「な、なんでもねーわよ! さて、それじゃそろそろ行くかっ。
   麻里安、今日は加勢はいらないよ。ただ私を見ていてくれればいい」
山本「ぎゅうちゃんの祝勝会と、あっちゃんの王座戴冠。一緒に焼肉パーティだよ!」
榎本「……フ、いい肉を用意しときなさいよ」

榎本一派と牛軍団をセコンドに榎本温子入場!

【AIロッカールーム】

王座戦を間近に控えて、落ち着かない様子のAI陣営。

志村「いいい、いよいよ本番直前なのかしら〜!?」
森永「ちょっとちょっと、志村ちゃんがそんなに慌ててどうすんのさ」
志村「VOWイチの策士・志村がセコンドにつくのですよ」
釘宮「ちょっとぉ、そんなんで大丈夫なの?」
桑谷「えぇい、おまえら黙りやがれですぅ!」

そんな仲間達とは対照的に椅子に座ってゆっくりとバンテージを巻く斎藤。
拳の調子を確かめるように軽く手を握り締めると、天井を仰ぎ見た。

斎藤「………」

神田朱未からIC王座を奪取して2度の防衛戦を重ねてきた。
渡辺明乃の一撃必殺も、山本麻里安の猫耳殺しも、苦戦しつつも乗り越えた。
斎藤個人としても、AI全体としても、勢いに乗っているのは間違いない。

斎藤「しかし、なんかヤなカンジなんだよな」

アイム相手には異常な底力を発揮する榎本。いまだ安定しない右拳。
いずれも一つ一つ不安材料としては弱いが、それが逆にひっかかっていた。

斎藤「ヘンに荒れなきゃイイんだが……」

【いたずら黒うさぎ王座戦60分一本勝負】
斎藤千和 vs 榎本温子


矢野「リング中央で向かい合う二人の戦士。まさに一触即発です。
   睨み付ける榎本をレフェリーが分けると、いまゴングが鳴った!!」

斎藤のNeko Mimi Mode(捻り式高角度バックドロップ)を警戒する榎本。
右腕を高く掲げて指の取り合いから片手を掴んだところで前蹴りを入れた。
フロントネックロックで捕縛すると加えたショルダーネックブリーカーで落とす。
立ち上がった榎本は仰向けにダウンした斎藤にエルボードロップ。
斎藤はこれを転がって避けると、起き上がろうとする榎本の足を払ってみせた。
すかさず斎藤がカバー……榎本は1で返す。榎本も足を払ってカバー。斎藤も返す。

間を空けずに駆け込んできた榎本に斎藤はカウンターの水車落とし。
だが榎本はダウンしながら下から斎藤を捕まえると引っ繰り返してがぶりの体勢へ。
強引に上から押しつぶして脳天に膝を一発。サイドポジションに移行して前転。
横入り十字固めは斎藤がはね返してカウント2。高度な攻防に観客も沸き立つ。

斎藤「このヤロ、無茶苦茶正統派じゃねえか……」

そう呟いた斎藤は低く構えると得意のアマレスタックル。
もう一度押しつぶそうとする榎本だったが、がぶったところを斎藤がリフトアップ。
そのまま前方に叩き付けると、サッと足を取ってレッグロックで締め上げる。

榎本「いつまでも大人しいままだと思ってんじゃないわよ!」

足を取られつつ、榎本は後ろからドラゴンスリーパーでキャッチ。
思わずクラッチを切ってしまった斎藤。榎本はスタンドに移行して締める。
さらにドラゴンスリーパーの体勢で斎藤の背中を自分の膝に叩き付けた。

榎本「ほらほら、外さないと背骨がイカれっちまうよ!?」

数発の膝の後はネックブリーカーでマットに落とす。背中を押さえて苦しむ斎藤。
これまでの試合では見せてこなかったシビアな攻めになかなか対応できないようだ。
ロープに走り込んで榎本がラリアットを見舞っていく。

榎本「それがアイムのトップレスラーの実力かよっ!」
斎藤「こンの……ボケ温子ッ!」

カウンター式のベリー・トゥ・ベリーで榎本の攻めを切って返す。
大きく背中から落下するも慌てて立ち上がる榎本。急いで斎藤の方を向き直る。
起き上がり様に斎藤のドロップキック。これは榎本が両手で叩き落した。
倒された斎藤も諦め悪くカニ挟みへ。短いバク転で避けた榎本は後方に着地。

矢野「両者テクニカルな攻防で魅せます!」
谷山「特に榎本は前座でお笑い試合をやっていた選手とは思えねぇぞ!」
矢野「これが榎本温子の心の奥で燃える反アイム魂なのでしょうか!?」

榎本「はっ、アイム所属のアイドル様にしちゃあ結構やるじゃないの」
斎藤「テメ、軽々しくアイドルとか呼ぶんじゃねぇよ!」

激昂しながらの斎藤の105G(ハイキック)が榎本の顔面へヒット……
と思いきや榎本はきっちりと両手でガード。そのまま蹴り足を掴まえた。

榎本「アイドルの呪縛に苦しんだのは自分だけだと思うな!!」

一気に引っ繰り返してアンクルホールド。斎藤の顔が苦痛に歪む。
ここから長らく榎本の足攻めが続くも、斎藤もポイントは極めさせない。
マットを這って下から榎本の足首をキャッチしてヒールホールド。
両者のガマン比べはレフェリーがブレイク。一旦分けてスタンドへ。

一進一退の攻防のまま試合時間は15分を経過。
Neko Mimi Mode(捻り式高角度バックドロップ)を狙う斎藤は背後に回る。
榎本の身体がフワリと浮くが、身を捻って背後に着地。
ハーフネルソンに斎藤を捉えるとヴェクトライダー(バスバレー)!

矢野「ダイナミックな投げ技が決まったぁ!
   ダウンした斎藤を横目に榎本がトップロープに登ります」

榎本「煌めく銀の翼、キュアイーグレット!!」

スプラッシュ☆スター☆スプラッシュが斎藤を直撃。
だが榎本はカバーには行かない。肩で息をしながら斎藤を抱き起こした。
笑みを浮かべて場内を見回す。斎藤のファンから一斉にブーイングが。

谷山「出るぞ、榎本温子の代名詞だ!」

飛行機投げの体勢で斎藤の身体を抱え挙げる。
抵抗できない斎藤への声援が会場のあちこちから飛ぶ。

「チワ先生、逃げてぇ〜!」
「AI! AI!」
「みっくすJUICEだけはガチ!」
「斎藤、アイムを守ってくれ〜!」

斎藤「……ぉ……ぉぅ」

榎本「おまえらはアイムと心中してろ!
   榎本温子は……もうアイムなんかじゃねぇ!!」

榎本の「今はアイムじゃねぇ(F5)」で斎藤の身体が宙を舞った。
斎藤も必死で全身の筋肉を使って逃れようとする。遠心力に逆らって身をよじる。
だが榎本の気迫が押し切ったか、側面から斎藤はマットに叩き付けられた。

谷山「AI政権もここまでか!?」
矢野「いえ、斎藤選手が立ち上がります……しかし」

榎本「まさか2発目が必要になるなんてね」

再び今はアイムじゃねぇを狙う榎本。
担ぎ上げられた斎藤もこれは足をバタつかせて逃げると榎本の背後へ。

谷山「監獄先生の追試のお時間だぜ!」
榎本「し、しまっ……」
斎藤「バーカバーカ、そんな簡単に負けてたまるかよ!」

ここで逆転のNeko Mimi Modeが……。

榎本「なーんちゃってね」

空中で身を切り返して、自ら風車式バックブリーカーのように飛ぶ榎本。
裏DDTのような体勢で斎藤を押しつぶした。完全に読み勝った榎本が足を取る。

榎本「誰も2発目が同じ技なんて言ってないでしょ。
   今はアイムじゃねぇ……81だ!」

リング中央で81ロック(8の字固め)がガッチリと決まった。
度重なる足攻めに斎藤も限界が近い。ロープも遠い。クラッチも外せない。

榎本「もうギブアップしなさい!」
斎藤「うっせー!」
榎本「IC王座は私にこそふさわしいのよ。ほら、紙吹雪だって……」

榎本「紙吹雪!?」

試合中のリング上に一片の紙片がヒラヒラと舞い落ちる。

榎本「なんでこんなものが……」

斎藤「こんにちは、三姉妹探偵社の方から来ました」

ニヤリと笑った斎藤の右の掌から幾千枚もの紙吹雪が飛び散った。
榎本の顔面を覆い隠すようにリングを充たす紙吹雪。思わず技が外れる。

榎本「げっほげほ、こ、こんなもの反則じゃないの!」
斎藤「5カウント以内だろ」
榎本「こんな手品風情で負けるもんですか!」

舞い散る紙吹雪。榎本の方を真っ直ぐ向き直る斎藤。
首が、背中が、腰が、足が、既に限界の声を上げているのが分かった。

斎藤「まだ見せてない手品があるんだよ」

紙吹雪を放った右拳を、今度は強く握り締めた。

・・・・・

斎藤「おまえ、自分の試合も控えてんのに何しに来たんだよ?」
中原「私は付き合えないんだけど、力になってくれるって子がいてさぁ」

前哨戦の数日前、特訓に励む斎藤を訪ねてきた中原麻衣。
その背後から姿を現したのはSRWの渡辺明乃。以前にIC王座を争った間柄だ。

斎藤「はぁ!?」
中原「し・ん・わ・ざ、開発中なんでしょ?」
斎藤「いや、そらそうだが、なんでコイツが……」
渡辺「せっかくの好敵手がこんなところで潰れてはつまらない。
   以前そう言ったのはアナタの方なのですよ」
斎藤「確かに言ったけどさぁ、私の新技はコレだぞ?」

そう言うと拳を握って渡辺の顔面に突きつける。

斎藤「おまえのCHIBI-RARIはラリアットだろうが」

斎藤の拳をウザそうに払って見下す表情の渡辺。

渡辺「誰がCHIBI-RARIを教えるなんて言ったですか、アホですか」
斎藤「ムキー! 誰がアホだ!!」
中原「まぁまぁ、ナックルだったら彼女の身体が物凄いお手本を知ってるって」
斎藤「お手本?」

その言葉を受けて渡辺が斎藤を見据える。

渡辺「Purenissimo。ボクを一撃で沈めた魔王の拳ですよ」

・・・・・

斎藤(腕の力じゃない。全身で放つんだ。だけど……)
榎本「麻里安に決めて見せたナックルって寸法?」
斎藤「!」
榎本「だと思ったわ。だからここまで足腰を重点的に攻めさせてもらった。
   打ってきなさい。アイム魂とやらを完膚なきまでにへし折ってやる」

棒立ちで待ち構える榎本。覚悟を決めた斎藤は反対側のロープへ駆ける。

斎藤(手打ちの拳じゃアイツの心は砕けない)

ロープにリバウンドして距離を詰める。然れどもいつもの半分の速度も出ない。

榎本(これは慢心じゃない。アイムを飛び出した私の覚悟の証明だ)

膝が痛む。踏み込みのタイミングには速度が足りない。

斎藤(ダメか、これ以上は……)

斎藤の視界にマットに散った紙吹雪が見えた。

榎本(私は逃げない。斎藤千和を叩き潰す)

斎藤「ディバイーン……バスタァァッッ!」

矢野「行った! 斎藤が行った!」
谷山「ダメだ、踏み込みが甘い……いや、待て」

マットを滑るように斎藤の身体が榎本に突っ込んだ。
まるでローラーブレードを穿いているかのように距離が伸びる。
紙吹雪を利用してわざと足元を滑らせる。右拳が風切り音を奏でる。

斎藤「リボルバーナックルッッッ!!」

右ストレートが榎本の顎にヒット!

だが榎本は倒れない。糸が切れたように斎藤の身体が前方に崩れた。
全身の力も抜け、ふらつきながらも駄々っ子のように榎本に縋りついく。

斎藤(いま、私の中で最後の何かが切れる音が……)

リボルバーナックルに脳を揺らされながらも、斎藤を突き放そうとする榎本。
斎藤はダウンを嫌って榎本の腰にしがみつく。上からエルボーを落とそうと榎本が腕を掲げた。

斎藤「ここまで追いつめた“せきにん”とってくださいね」

腰をしっかりとクラッチして斎藤が背後に回る。
榎本が振り上げた腕を下ろすよりも早く強引に引っこ抜く。
挑戦者の身体が弧線を描く。王者のNeko Mimi Modeが決まった!

倒れた榎本の身体の上に斎藤が仰向けにダウン。
観客と共にカウントが数えられる。1、2……3!!

【王者】○斎藤千和(32分58秒 Neko Mimi Mode)●榎本温子【挑戦者】
※斎藤は3度目の防衛に成功


矢野「熱戦を制したのは斎藤千和のNeko Mimi Mode!
   最後は挑戦者の執念を断ち切って王者が見事に防衛!!」
谷山「まさに満身創痍のボロッボロだな」
矢野「榎本選手は担架に乗せられて退場するようです。大丈夫でしょうか?」

担架に横たわる榎本。何とか立ち上がった斎藤に毒づく。

榎本「私はアイムを飛び出たことを後悔していない。アーツを抜けた落合だって同じだ。
   だからおまえらはアーツの、アイムの所属であることに胸を張れ」
斎藤「榎本……」
榎本「フン、何度でも牙を剥いてやるから覚悟しとけよ、コラ!
   それから、ウチは誰にでも門戸を開いてるから移籍も大歓迎だぞ」
斎藤「バーカ、へへ」
榎本「フフ」

矢野「榎本選手は退場。リングの王者にはベルトが……」
谷山「おい、なんだか客席がざわついているようだが」

客席を一筋の影が駆け抜けたかと思うと、何者かがリングに飛び込んだ。
呆然とする斎藤の脳天に振り下ろされるピンクのギター。
砕け散った破片の中、ベルトを強奪した乱入者はトップロープを超えて場外へ。

新谷「ざぁーんねーん! ベルトはりょーこがいただきましたぁ!」

入場ゲートで誇らしげにベルトを振り回すのはL/Rの新谷良子!
その後ろから鹿志村社長がマイクを片手に現れる。

鹿志村「おやおや、どうしました? L/Rは仕掛けていくと予告したはずだが?」
新谷「ごっめんねぇ〜。そういうことなんで、これを返して欲しければかかっておいで〜」

矢野「なんという暴挙! なんという恥知らずな行為でしょうか!
   神聖なる王座戦へ乱入してベルトを強奪。王者は悪辣なるギター攻撃で失神KO!」
谷山「おいおい、こんな強引な挑戦表明が認められるのか!?」

新谷「チャンピオンはノビてる。ベルトはりょーこの手にある。導き出される答えは?」
鹿志村「このベルトにふさわしいのは我々L/Rということになるな」
新谷「せいかーい! うはは〜ん♪」

失神状態でL/Rの高笑いも聴こえそうにない斎藤の顔を映しながら番組はフェードアウト。

(終了)

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